
はじめに
当ウェブサイトにて、アドバイザーとしていろいろなルーマニア情報を教えてくれるエミリアによるルーマニアにまつわる連載コラムです。第3回は、ルーマニアの夏の楽しみについてお届けします。
黒海のエデン バルチック
夏、暑さ、太陽という言葉を耳にすると、休暇まで随分と時間があるにもかかわらず遊び好きなルーマニア人はホリデーで頭がいっぱいになります。特に海、そう黒海の景色はなによりも彼らの遊び心をかき立てます。幼い頃に家族で過ごした休暇、修学旅行やキャンプ、学生時代に盛り上がった浜辺でのパーティー。懐かしい思い出が走馬灯のように脳裏を巡るのです。

ところが最近、このイメージとスペースは広がりつつあります。というのも、ルーマニアを越えてブルガリア領の黒海沿岸の人気が高まっているからです。そこは、黒海沿岸であってもルーマニア領とは雰囲気や文化が異なります。例えば、魚と野菜をふんだんに使うブルガリアの小鉢料理はルーマニアでお目にかかれません。
ルーマニアの黒海沿岸を南下。ボヘミアン、ヴァマヴェケというリゾート地を抜けて国境を越えると、ブルガリア領の浜辺が広がっています。綺麗な岬という意味を持つカリアクラは全長2㎞ほどで、全体が古代の砦の遺跡です。そこには黒海のミスティックな雰囲気が醸し出されています。


国境からさらに60㎞ほど南下するとバルチックという海の街が現れます。白壁の家や赤瓦の屋根にシックなセンスも感じられますが、やはりここはバルカン風情の方が強くなります。このバルチックは、宝物が隠されていることでも知られています。海岸の砂浜からなだらかですがそれなりに急な坂道を登っていくと、65000㎡もある公園があります。これが宝物です。
これはもともと20世紀初頭に国を治めたルーマニア王国の王妃マリア(1887~1938)のロイヤルガーデン、夏の別荘であったバルチック城です。園内には2000種の植物、ヨーロッパで2番目の規模を誇るサボテンのコレクションなどがあり、鮮鋭なガーデニングと景観芸術を駆使したこの公園は、建築学や考古学の分野からも貴重な遺産として注目されています。

1913年の2度目のバルカン戦争時代、この周辺はまだルーマニア領でした。ルーマニア王国の支配層はこの地の景色に心を奪われ、貴族や芸術家がこぞって土地を購入していました。

王妃マリア嬢は友人の誘いで偶然にバルチックを訪れましたが、景観の素晴らしさと街の雰囲気に感動して即座に別荘建造を決めたそうです。その際、マリアが付けた注文は環境の雰囲気を損ねず、自然との調和を保ちつつも芸術的完成度の高い城を築くことでした。例えば城の塔はイスラム教のミナレットを、建物はキリスト教会を模る。キリスト教とイスラム教のモチーフが混在している点がその象徴です。これはバハイというマリアの信仰とも関係があります。バハイでは、キリスト教もイスラム教も、あらゆる宗教は一人の神から発したもので理想的には世界に神は一人、宗教も一つであるべきとする考えに立っています。彼女は別荘でそれを具現化しようとしていたのでしょう。
(写真の出典:ルーマニアのマリア女王/George Grantham Bain Collection)
公園は海岸から眺めるとテラスが何段も積み重なったように見え、建物もそのなかに点在しています。建造物の屋根はすべて、水車といえども伝統の赤瓦で統一され、建物自体にはブルガリア、ビザンチン、ローマ、アラブ、南スペインのムーア、トランシルバニアなどの多様な建築様式が工夫されています。建造物は2人のイタリア人建築家、造園はスイス人が手がけました。

公園の奥に足を踏み入れると、テーマ別にいくつもの庭園を楽しむことができます。25mの高さをもつ大滝、それを取り囲むようにいくつかの小滝があり、滝の奏でる水音は散歩をする人々の耳に安らぎを運んでくれます。ヨーロッパ風のバラ庭園、それ以外にもライラ、アイラス、ベゴニア、ハス、そしてチューリップ庭園もあります。池をメインモチーフとした庭園やオリエンタル風庭園、マグノニア、フィグなどエキゾチックな植物も目を楽しませてくれます。ヨーロッパ庭園にはベネチアにある橋の模倣まで造られています。
王妃マリア嬢は1938年7月18日にペレシュ城のあるルーマニア中部シナイアで亡くなりました。国王よりも国政に貢献したことで民衆の人気が高かったマリアの心臓は、今でもバルチック城の教会に納められています。バルチック城の公式名は「静かな巣の宮殿」。マリアにとって心の休まる静かな巣だったからでしょう。バルチックを訪れる人は、その景観と洗練された城や庭園を眺めることでパラダイスに足を踏み入れた気持ちになり、穏やかな時を過ごすことができます。そう、王妃マリアのメッセージ、「みなが共に、神の作った世界で生きてゆく」を肌で感じることができるのではないでしょうか。

第2回
-
Netflix ルーマニア製作作品をみよう!
ルーマニアを舞台にしたオリジナル作品が誕生し、ルー…
-
欧州最強を決める「UEFA EURO 2024」注目すべきルーマニア選手は?
欧州サッカー連盟が主催する、ヨーロッパ各国の代表チ…
-
春の訪れを祝う「Mărțișor」
ルーマニアでは、3月1日に “Mărț…
-
ルーマニアのクリスマスマーケット
キリスト教を信仰するルーマニアでは、クリスマスは一…





