
はじめに
かつてヨーロッパの著名な映画文化の影に隠れていたルーマニアの映画産業は、過去数十年の間に世界の映画界でダイナミックな魅力を放つようになりました。映画産業における復活の中心となっているのは、ルーマニアの映画人たちに国際的な称賛と数々の賞をもたらしたムーブメント「ルーマニア・ヌーヴェルヴァーグ(新しい波)」です。このページでは、ルーマニアの映画にまつわることを歴史面や著名な監督、作品など幅広くご紹介します。また、無料で見ることができるルーマニア映画のリンク、または作品のトレーラーも載せていますので、時間がある時に開いてみてくださいね。
ルーマニア映画の歴史
ルーマニア映画は20世紀初頭に牽引力を持ち始めます。アリスティド・デメトリアード(Aristide Demetriade)監督によるルーマニア初の長編映画『Independența României(ルーマニアの独立)』(1912年)がそのパイオニアであったと言われています。
第二次世界大戦の間に映画産業は若干の成長を遂げ、政治的・経済的不安の影響を大きく受けた作品が生まれています。第二次世界大戦後は、共産主義の支配下で映画産業は国有化となりました。この時代の映画は、政治的変化や経済的課題を投影した、いわゆるプロパガンダの道具として機能し、創作の自由を制限された作品となります。しかし、そんな制限下であっても、カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したリヴィウ・シウレイ(Liviu Ciulei)監督の『PĂDUREA SPÂNZURAȚILOR (絞首刑の森)』(1965年)など、注目すべき作品も生まれました。
その後、1989年の共産主義崩壊が転機となり、創作の自由が拡大。新しい世代の映画作家が登場するなど、大きな変化がもたらされました。映画作家たちはルーマニア社会について、より多様でしばしば批判的な視点を探求することができるようになったのです。経済的には困難な時期ではありましたが、このような時代があったからこそ、ルーマニア・ヌーヴェルヴァーグ(新しい波)が出現したと言えます。
ルーマニアのヌーヴェルヴァーグ
ヌーヴェルヴァーグとは、1950年代にフランス映画界から誕生した、若い映画監督やその作品傾向を指した言葉です。ルーマニアにおける新しい波は、1990年代後半から2000年代初頭にかけて誕生しました。このムーブメントは、ミニマルなスタイル、長回し、自然主義的な演技、日常生活や社会問題に焦点を当てた作品で知られています。具体的には、共産主義の過去や民主主義への移行、現代生活のモラルの複雑さなどをテーマにした作品が多数見受けられます。中でも有名な監督、作品を見て行きましょう。
Cristian Mungiu(クリスティアン・ムンジウ)
ルーマニアのヌーヴェルヴァーグを代表する監督の一人、クリスティアン・ムンジウ監督。特に、『4 luni, 3 săptămâni și 2 zile(4ヶ月、3週間と2日)』(2007年)は傑作として広く知られ、カンヌ国際映画祭における「パルムドール」をはじめ、数々の国際的な映画賞を受賞しました。
2022年には、ベルギーやフランスと共同制作した映画「R.M.N(ヨーロッパ新世紀)」は、日本でも公開されています。民族間の対立や凶暴性、格差を、ムンジウ監督らしく切り取った作品として話題になりました。
Cristi Puiu(クリスティ・プイウ)
ルーマニアのヌーヴェルヴァーグに多大な貢献をしたもう一人の巨匠・クリスティ・プイウ監督。初の長編映画『Marfa și banii(Stuff and Dough)』(2001)は、ルーマニア・ヌーヴェルヴァーグの出発点のひとつと言われています。短編映画『Un cartuş de Kent și un pachet de cafea(Cigarettes and Coffee)』(2004)では、ベルリン国際映画祭で金熊賞(最優秀短編映画賞)を受賞。ルーマニアの医療体制を揶揄するダークコメディであり、長編2作目の『Moartea domnului Lăzărescu(ラザレスク氏の最期)』 では、カンヌ国際映画祭で「ある視点」賞を初め、世界中で47もの映画賞を受賞しています。

写真は、https://www.festival-cannes.com/en/p/corneliu-porumboiu/ より借用
Corneliu Porumboiu(コルネリウ・ポルンボユ)
短編映画で注目を集めたのち、初の長編監督作品で、1989年のルーマニア革命をユーモラスに描いた『A fost sau n-a fost?(12:08 East of Bucharest)』(2006)は、カンヌ国際映画祭「カメラドール賞」をはじめ、20以上の映画賞を受賞しました。さらに、『Polițist, Adjectiv(Police, Adjective)』(2009)においても、「ある視点」部門審査員賞を受賞。このほかにも様々な作品で数々の賞を受賞しており、ポルンブユ監督の鋭いウィット、洞察に満ちた社会批評、映画製作への革新的なアプローチは、世界の映画界において重要かつ影響力のある存在となっています。

Radu Jude(ラドゥ・ジュデ)
現在は、現代ルーマニア映画を牽引する著名な監督の一人と位置付けられているジュデ監督。短編映画『Lampa cu căciulă(The Tube with a Hat)』(2006年)、『Alexandra』(2006年)で早くから話題を集め、長編映画『Aferim!』(2015年)で、ベルリン国際映画祭「銀熊賞(監督賞)」、『Îmi este indiferent dacă în istorie vom intra ca barbari(I Do Not Care If We Go Down in History as Barbarians)』(2018年)でカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭「クリスタル・グローブ賞」を受賞するなど、世界各国の主要な映画賞を総なめに。ルーマニアの社会、歴史、政治的テーマを扱うことが多く、ダークユーモアを交えながら、現在のルーマニア社会に対する批判的な考察を兼ね備えた作品で高く評価れています。
現在のルーマニア映画
ルーマニアのヌーヴェルヴァーグ以降、ルーマニア映画界はさらに進化を続け、国際的に注目される重要な作品を生み出してきました。リアリズムの追求は引き続き継続しており、多くのクリエイターが自然な演技や長回し、人々の日常に根差したストーリーに焦点を当てていると言えます。ヌーヴェルヴァーグでは、共産主義の遺産やチャウシェスク政権崩壊後の過渡期をテーマにした作品が評価を受けてきましたが、最近の作品では、ルーマニアの現代社会の問題、個人的・家族関係など、より幅広いテーマを取り扱う作品が増えています。注目すべき作品を見ていきましょう。
“Un pas în urma serafimilor(One Step Behind the Seraphim)” (2017) – Daniel Sandu
“Charleston” (2017) – Andrei Crețulescu
“Touch Me Not” (2018) – Adina Pintilie
“Collective” (2019) – Alexander Nanau
ルーマニアの映画産業
ルーマニアの映画産業は、国からの資金援助、他の欧州諸国との共同製作、欧州連合(EU)のMEDIAプログラムなどの支援を組み合わせて成り立っています。特に、国立映画撮影センター(CNC)は、映画製作への財政支援、またルーマニアにおける映画文化の発展において重要な役割を果たしています。
ルーマニア国内では、映画祭も多数開催。中でもクルージュ・ナポカの「トランシルヴァニア国際映画祭」(TIFF)は、ルーマニア映画と国際映画の両方を上映する映画祭として有名です。もちろん、ブカレスト国際映画祭やアストラ映画祭(ドキュメンタリー映画中心)も重要なイベントと位置付けられています。
ただし、ルーマニアの映画が国際的な評価が高い評価を得ていても、映画産業としては国内の観客数の制限や財政的な制約、ハリウッド主流作品との競争といった課題に直面しているのも確か。映画業界のインフラ改善や観客動員の増幅の工夫、新進の映画製作者を支援する努力が続けられています。
ルーマニアを舞台にした映画
豊かな自然と歴史的建造物を多く残すルーマニアは、その多様な景観と費用対効果の高い制作設備により、多くの国際映画の撮影地として人気を博しています。ロケ地としてルーマニアで撮影された映画や、ルーマニアを舞台にした映画についてご紹介します。
“Cold Mountain(コールドマウンテン)” (2003)
“Wednesday ” (2022-)
まとめ
近年、ルーマニアの映画業界は、国際的な映画製作者たちとのコラボレーションや、グローバル・マーケットへの参加も増えたことで、ルーマニア映画の裾野を広げているといえます。全体として、ルーマニア映画産業は活気に満ちたダイナミックなセクターであり、特にパワフルで示唆に富むストーリーテリングを通じて、世界の映画に大きく貢献していると言えるでしょう。
日本の大型映画館でルーマニア映画を観ることはなかなか難しいかもしれませんが、現在は様々なストリーミングサービスなどもありますので、ぜひ一度ルーマニア映画にチャレンジしてみてくださいね。
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